弦楽五重奏曲 (ブルッフ)
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ブルッフは、同世代の有名作曲家ヨハネス・ブラームスとは対照的に室内楽曲を苦手としていた。「3曲の弦楽四重奏曲を書くよりも3曲の大きなオラトリオを書くほうが気が楽です」と出版社ジムロックに打ち明けているほどで、事実ブルッフは10代から20代前半にかけて何曲かを書いて以来、ほとんどこのジャンルを手掛けていなかった。
晩年の1918年から1920年にかけて、ヴィリー・ヘスとの交流を通じて2曲の弦楽五重奏曲と弦楽八重奏曲が書かれることとなった。これらは持ち前の美しい旋律が清新な響きとともにのびのびと発揮され、ブルッフの創作力の最後の輝きというのにふさわしい生気に満ちた作品である。また、ヘスとその生徒たちが合奏することを念頭において書かれたため、各曲の第1ヴァイオリンには主導的な立場が与えられているのが特徴的である。
なお、この3曲は第二次世界大戦の戦火によって紛失したと思われていたが、すべて後に発見され、出版されるに至った。
編成
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやフェリックス・メンデルスゾーン、ブラームスの弦楽五重奏曲と同様の編成である。