志村景元

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 不詳
死没 天正18年(1590年
官位 肥前守
 
志村 景元
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 天正18年(1590年
官位 肥前守
主君 後北条氏
氏族 志村氏
角蔵
テンプレートを表示

志村 景元(しむら かげもと)は、戦国時代の日本の武士。肥前守。あきるの市引田の正音寺を開基したとされ、正音寺の裏山「中平」に舘を構えた。八王子城落城にて自刃と伝わる。

甲斐国都留郡鶴川組生の武田の武士。後北条氏の平山右衛門大夫配下のあきるの市引田村250石。1590年の豊臣秀吉小田原攻めに際して、八王子城にて自刃した武将と伝わる。

現存する真照寺が所蔵している「猿曳駒(さるひきこま)絵馬」を奉納し、この裏に奉納の際の子細が記載されている。地元にて「馬場坂で馬の訓練をし、乗馬姿の美しい殿様であった」と伝わる。

その他

この「猿曳駒絵馬」は次男の角蔵が彫って、奉納したものとある。これは柳田國男の「河童駒引」でも引用され、挿絵として使われている。

脚注

出典

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI