戸田忠如 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期生誕 宝暦元年(1751年)死没 明和8年9月2日(1771年10月9日)官位 従五位下大隅守 凡例戸田忠如時代 江戸時代中期生誕 宝暦元年(1751年)死没 明和8年9月2日(1771年10月9日)官位 従五位下大隅守藩 下野足利藩世嗣氏族 戸田氏父母 戸田忠言、毛利高慶娘兄弟 忠如、忠春、安藤定意正室、徳山頼福室、川口恒久室、河野通成室、忠佼、忠喬らテンプレートを表示 戸田 忠如(とだ ただゆき)は、江戸時代中期の下野国足利藩の世嗣。官位は従五位下・大隅守。 4代藩主・戸田忠言の長男として誕生。母は毛利高慶の娘。許嫁に毛利高丘娘。 足利藩嫡子として生まれ、明和5年(1768年)に10代将軍・徳川家治に拝謁する。翌年叙任するが、明和8年(1771年)に早世した。 代わって、弟・忠喬が嫡子となった。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles