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播磨の国一揆

1429年に播磨国で起こった一揆 From Wikipedia, the free encyclopedia

播磨の国一揆(はりまのくにいっき)は、室町時代の1429年(正長2年)2月、前年の正長の土一揆の影響を受けて起こった、政治的要求に基づく一揆である。播磨の土一揆(はりまのつちいっき)とも。

播磨国(兵庫県南西部)守護・赤松満祐の配下の軍兵の国外退去、荘園代官の排除を要求して蜂起するが、赤松満祐に鎮圧される。国一揆の始まりとも言われる。

中山定親の『薩戒記』に記述がある。

或る人曰く、播磨国の土民旧冬の京辺の如く蜂起し、国中の侍悉く攻むるの間、諸庄園代 〔官ヵ〕、加之守護方軍兵彼等の為に、或ひは命を失ひ、或ひは追ひ落とさる。一国の騒動希代の 〔非ヵ〕法なりと云々。凡そ土民 〔申すヵ〕所、侍をして国中に在らしむべからずと云々。乱世の至なり。仍て 赤松入道発向し了んぬ、者り
—『薩戒記』正長二年正月二九日条

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