新座増圧ポンプ所
かつて新座市にあった東京都水道局のポンプ所
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歴史
昭和30年代後半の東京では危機的な渇水が毎年続き、水がめである奥多摩湖は干上がり、「しょうがないダム(小河内ダム)」とマスコミから批判されていた。そこで東京都水道局では、1964年(昭和39年)10月10日に開催される東京オリンピックに備えて、原水を渇水続きの多摩川水系から利根川水系に求めた結果、利根川から東村山浄水場に原水を導水する施設を建設することを決定した。
新座増圧ポンプ所は原水連絡管と併せて急ピッチで建設が進められ、1964年(昭和39年)8月25日には通水し、東村山浄水場への導水が開始された。これにより東京オリンピックに於ける水需要の急増に間に合わせることができた。しかし、2年後の1966年(昭和41年)に朝霞浄水場の第一期工事が完成したため、新座増圧ポンプ所は存在意義を失い施設休止となる。以降は一度も稼動することなく、40年以上に渡りぽつんと寂しく佇むのみであった。
平成16年度包括外部監査により新座増圧ポンプ所は不稼動の未利用資産であると指摘され、速やかに用途廃止のうえ会計上除却し、撤去工事を行うべきものであるとされた。このため、新座増圧ポンプ所は2005年(平成17年)3月31日付で用途廃止及び除却扱いとなった。2007年(平成19年)12月から撤去工事が開始され、2008年(平成20年)7月に撤去工事が完了した。