京都市立新洞小学校

京都市左京区にあった公立小学校 From Wikipedia, the free encyclopedia

京都市立新洞小学校(きょうとしりつ しんとうしょうがっこう)は、京都市左京区にあった公立小学校

過去の名称 上京第33番組小学校
上京第33区新東小学校
上京区新洞小学校
上京区新洞尋常小学校
京都市新洞尋常小学校
新洞国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 京都市
学区 新洞学区
概要 京都市立新洞小学校, 過去の名称 ...
京都市立新洞小学校
北緯35度00分45秒 東経135度46分30秒
過去の名称 上京第33番組小学校
上京第33区新東小学校
上京区新洞小学校
上京区新洞尋常小学校
京都市新洞尋常小学校
新洞国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 京都市
学区 新洞学区
設立年月日 1869年(明治2年)7月
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 606-8355
京都府京都市左京区新東洞院町252
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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沿革

1869年(明治2年)に開校した番組小学校(上京第33番組小学校)にルーツを持つ学校である。2013年 (平成25年) 3月に閉校し、京都市立錦林小学校に統合された。

校歌

  • 作詞 吉澤 義則
  • 選曲 新洞小学校
  • 編曲 西尾 照子

校区

川端二条交差点を北西端に、東山三条交差点を南東端とする地域が校区であった。

新洞学区

小学校の校区は、京都の元学区(地域自治組織の単位)における新洞学区に相当する。

地域の特色としては寺院が多く密集していることが挙げられる[2][3]檀王法林寺要法寺頂妙寺などを含み[3]、その数は54寺院[2]とも55寺院[3]ともいう。「お寺の比率は京都一」[2]、「学区内の面積の2分の1は寺院が占めていると言っても過言ではありません」[3]と住民に表現されるほどの密集地域である。

この多数の寺院は、宝永5年(1708年)に発生した宝永の大火で類焼した寺院群が移転したものとされる[2]。町は御所近くにあったものが移され、新高倉通や新富小路通と言った通りの名もそれに由来するという[3]。このため、鴨川の東側にありながら京都の内とされた地域であり(隣接する川東学区=上京32番組も同様)、明治初期には上京33番組とされた。

脚注

関連項目

外部リンク

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