新登県 From Wikipedia, the free encyclopedia 秦富春県前漢富春県後漢富春県三国新城県桐廬県 中国地名の変遷 建置 紀元前226年 使用状況 1958年廃止秦富春県前漢富春県後漢富春県三国新城県桐廬県西晋新城県富春県東晋十六国新城県南北朝新城県隋新城県銭唐県唐富陽県新城県五代新登県北宋/遼新城県南宋/金新城県元新城県明新城県清新城県中華民国新登県現代新登県桐廬県富陽県富陽区 新登県(しんとう-けん)は中華人民共和国浙江省杭州市にかつて存在した県。現在の富陽区新登鎮に相当する。 226年(黄武5年)、三国時代の呉により富春県が分割され、新城県が設置された。しかし228年(黄武7年)に桐廬県に編入され、その後も頻繁な設置と廃止が繰り返された。 289年(太康10年)、西晋により再設置されたがまもなく富春県に編入、334年(咸和9年)、東晋により再設置されたが、589年(開皇9年)に隋朝により銭唐県に編入された。618年(大業14年)に再設置、624年(武徳7年)に唐朝により富陽県に編入され、682年(永淳元年)に再設置された。 五代十国時代なると907年(開平元年)、後梁が成立すると皇帝に即位した朱全忠は父の朱誠の「誠」と「城」が同音であったことから新登県と改称、初めて新登という地名が登場している。 979年(太平興国4年)、北宋により新城県と改称、清末まで使用された。1914年(民国3年)、中華民国政府は新城県は同名の県が存在することより新登県と改称、以降その名称が使用されることとなった。 1958年11月、新登県は桐廬県に編入、その後1961年12月に桐廬県の旧新登県地区は富陽県(現在の富陽区)に移管され現在に至る。 Related Articles