全日本教職員組合(全教)の機関紙として1946年(昭和21年)5月3日に「Nippon Kyoiku Sinbun」の第1号が発行された。その後、全教が全日本教育労働組合(全教労)と改称されたのにあわせ、1946年(昭和21年)5月18日発行の第2号からは「Kyouiku Rodo」と改題され発行された。さらに、1946年(昭和21年)8月31日「週刊教育新聞」に改題した。
1947年(昭和22年)6月8日の日本教職員組合結成を受けて、同年6月16日発行の第55号からは日本教職員組合の機関紙となった。その後、1948年(昭和23年)12月27日「教育新報」に改題したが、「教育新聞」創刊にあたり1949年(昭和24年)3月11日発行をもって廃刊となった。