早瀬猛
プロ野球選手、競艇選手
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経歴
野球選手として
玉島商業、予科練特攻隊員を経て、岡本鉄道局を経て、1947年、22歳の時に阪急ブレーブスに入団した[1]。
しかし、一軍出場はなく、同年に国民野球連盟の結城ブレーブスに移籍[2]。
結城ブレーブス解散後は、社会人野球の植良組でプレーしていた(オール水戸に選抜され全国優勝した。)[3]。
競艇選手として
その後、競艇選手に転向し、1953年に選手登録された(第757号)[4]。選手登録後に早瀬 薫平(はやせ くんぺい)に改名した[4]。1963年(昭和38年)時点では桐生に所属し、第9回関東地区選手権大会で2位となっている[5]。
2022年に元プロ野球選手である野田昇吾がボートレーサーとなり、早瀬以来69年ぶりのプロ野球選手から競艇選手(ボートレーサー)への転向となった[4]。しかしその翌年、早瀬は死去した。