裁判では最初の公判の間は、被告は起訴事実を認めていたものの第四回公判以降は殺人について否認した。
弁護側は被害者は鋭利な刃物で切り付けられたとされていて返り血を浴びたと見られるが被告Bが犯行時に着用していたとされた服が保管されていたという車のトランクに血痕がないこと、事件発生時に被告の娘(長女)と電話をしてきた長女の担当教諭、被告の妻の供述からアリバイが成立すること、自白調書は長時間の取調べの中で強要されたものであり任意性も信用性もなく証拠能力はないと主張した。
裁判の中で自白調書は違法な勾留、逮捕の中で作成されたものだとして証拠能力はないと判断した。これに対して検察は殺人事件の事実関係について意見を述べず、求刑も行わないという異例の展開となった。
1985年3月20日、旭川地裁は、被告人と犯行を結び付ける物証は何一つないこと、アリバイが成立すること、自白調書は別件逮捕での長時間にわたる違法な取り調べによって得られたものだとして無罪判決を下した。検察は控訴せずに無罪判決が確定した。