普明寺 (宝塚市)
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- 平安時代中期に多田庄の領主であった源満仲の四男頼平が開山したと伝わる。
- 当初真言宗の寺院であり、長徳年間(995年‐998年)には一条天皇の勅願寺となって寺領を有し栄えたと伝わる。しかし、鎌倉期以降は多田源氏の没落により寺勢が傾き衰退したという。
- 江戸時代の初期には廃寺同様となっていたが、寛文年間(1661年‐1672年)頃、曹洞宗の寺院として再興される。
- 慶応2年(1866年)に火災で堂宇が焼失した為、近隣の金福寺を廃して一時的に普明寺としたのち、明治12年(1879年)に本堂を再建した。以後、段階的に再建、改築を重ねて現在に至る。なお、金福寺跡は、昭和6年(1931年)に完成した千苅ダムにより水没した。
- 境内近くには、律師満照(源頼平)・藤原仲光・幸寿丸の霊廟がある。