月川喜代平 From Wikipedia, the free encyclopedia 月川喜代平(つきがた きよへい、1874年〈明治7年〉-1948年〈昭和23年〉)は日本のニュージーランド移住者。 ノダアサジロー、国岡白市らとともに戦前からのニュージーランド在住者として知られる[1]。 長崎県五島列島の宇久島出身。10代で上海に渡り、イギリス船の水夫となる。 1895年(明治28年)、勤務していたアメリカ船がニュージーランドのダニーディン港に入港した際に脱走。砂金採取や農場で働いた後、1902年(明治35年)に一時帰国。翌1903年に再度ニュージーランドに渡る。 1907年(明治40年)にニュージーランド国籍を取得。1908年に船長の免許を取得し、クルサ川公社に勤務する。 マイケル・ジョセフ・サヴィッジ首相より推薦状を得て、1936年(昭和11年)に来日。当時の閣僚と面談し、日新交流の促進を図る。 第二次世界大戦中も善良な英国臣民と評され、1948年(昭和23年)、ニュージーランド南島のバルクルーサで死去[2]。 参考文献 『キャプテン月川物語』 - 松見正宣 - 1996.3 『月川喜代平外伝:七つの海を渡った明治の日本人の男の物語』 – 礒村順一郎 - 2015.8 脚注 ↑ ニュージーランド学会 (編集)『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、206頁。 ↑ ニュージーランド学会 (編集)『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、206頁。 Related Articles