1955年、望月は金坂一郎とよく山で出会い、金坂は望月のハーケン製造過程を見学しに来た。金坂は学究肌で「ハーケンはなぜ抜けるのか」を理論的に考察し、「墜落時、ハーケンには強大な負荷がかかる。それによってハーケンの首は曲がり、リスから抜ける方向への力のモーメントがかかる。そのモーメントを小さくするためには、首の曲がりを小さくすればよい。つまりハーケンにあごを付け、最初から岩に密着、あるいは接近されておけばいい」という結論に至った。これによりKS型ハーケンを製造、「ハーケンのモチヅキ」はますます信頼を高めた。
1975年頃までハーケンの改良は続いた。横型では刃の部分と頭の部分が首を接点に90度交差しており、落下時の衝撃がそこに集中するため、首周辺を肉厚にして強化した。また二枚打ちが一枚で可能になるようにとウェーブ型ハーケンを考案した。