本渡城
熊本県天草市にあった城
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立地・構造
歴史
16世紀に入ると開発領主の子孫である天草氏は天草五人衆の中で最も有力な存在となり、天正年間の天草鎮尚・久種時代には下島中央から南部の地域を支配し、本渡城は本城に次ぐ主要な城であった。天草五人衆は豊臣秀吉に領土を安堵され肥後国人一揆にも参加しなかったが、小西行長の宇土城普請を拒否した事から天正17年(1589年)に合戦が起きた。
天草氏は志岐氏とともに篭城・抗戦し、天草種元の本渡城は加藤清正・小西勢によって攻め落とされた。また、木山正親も客将として入り討死したという。加藤勢は高台になっている城後方および本丸を攻撃して城兵や家族をほぼ全滅させたのに対し、小西勢は教会などを含む領域を包囲し、城兵や司祭をほとんど助けたとルイス・フロイスが記録している。
参考文献
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(43.熊本県)』、角川書店、1987年

