朱楨 From Wikipedia, the free encyclopedia 朱 楨(しゅ てい、至正24年3月3日(1364年4月5日)- 永楽22年2月22日(1424年3月22日))は、明の皇族。 初代皇帝である朱元璋(洪武帝)の六男。生母は胡充妃。第3代皇帝である永楽帝の異母弟。 生まれた年に朱元璋が武昌を落とすと、すぐに楚王に封じられた(正式な就任は洪武3年(1370年)である)。洪武14年(1381年)に任地に赴任する。朱楨は文化人として優れ、多くの著作を残している。永楽帝の治世になると、右宗人に任命され、永楽元年(1403年)に宗正に任命された。また思州における少数異民族の反乱平定で功績があった。永楽22年(1424年)に61歳で死去し、「昭」と諡された。 参考文献 『明史』列伝第四 諸王一 Related Articles