李恵宗 From Wikipedia, the free encyclopedia 国号 大越王朝 李朝在位期間 1210年11月15日 - 1224年10月都城 昇龍(タンロン、現ハノイ)恵宗 李旵 李朝 第8代皇帝国号 大越王朝 李朝在位期間 1210年11月15日 - 1224年10月都城 昇龍(タンロン、現ハノイ)姓・諱 李旵廟号 恵宗生年 天資嘉瑞9年(1194年)没年 建中2年8月10日(1226年9月3日)父 高宗母 安全皇后譚氏后妃 順貞皇后陳氏元号 建嘉 : 1211年 - 1224年 李 恵宗(り けいそう、越:Lý Huệ Tông、在位:1210年 - 1224年)は、李朝の第8代皇帝。諱は旵(サム、越:Sảm)、また『元史』では昊旵と書かれる。第7代皇帝高宗の子。 治平龍応5年(1209年)、内乱によって父の高宗とともに都を追われた際、陳李・陳嗣慶によって皇帝に擁立されたことがある(『大越史略』)。翌年、父の死去で正式に即位したが、父同様に暗愚な人物で国政を顧みなかったため、外戚の陳守度に政治の実権を握られた。 建嘉4年(1224年)、皇位の簒奪を目論む陳守度によって廃され、自身の次女でわずか7歳の李昭皇を擁立される。建中2年(1226年)、邪魔者となった恵宗は、陳守度によって自殺に追い込まれた。 先代高宗 李朝の皇帝第8代:1210年 - 1224年 次代昭皇 Related Articles