村上甚
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1995年の水戸グリーンオープンでは田中秀道の2位[2]、2003年のPGAカップチャレンジでは日下部光隆と並んでの7位タイ[3]、2005年のカニトップ杯チャレンジで岩田寛と並んでの5位タイ[4]に入った。
2002年には住建産業オープン広島に主催者推薦で出場し、4つ上の兄をキャディにプレー[5]。実家から駆け付けた両親がロープの外から毎ホール、声援を送り、2日目には11番で7番アイアンでのティショットがピン手前2ヤードでバウンドすると、カップに消え、自身3度目のホールインワンを記録[5]。予選カットラインあたりで四苦八苦していたのが通算2アンダーまで上昇し、43位タイで予選を通過することが出来た[5]。ホールインワン賞の該当ホールではなかったが、主催の住建産業、広島テレビ放送、開催コースの広島CCから20万円を受け取った[5]。
2005年にはファイナルQTランク33位の資格で、プロ15年目にして自身初のツアー本格参戦[6]。3試合連続のレギュラーツアー出場となったJCBクラシック仙台では初日を高見和宏と共にノーボギーでラウンドし、7アンダー64[6]で首位と1打差の3位タイに着けた[7]。3日目には手前2.5mに落ちた後、ギャラリーの大歓声と共にカップに転がり落ち、自身ツアーで2度目のホールインワンを記録[8]。村上は一部始終を見届けてから、同組の選手とハイタッチしたが、同大会は5年連続のホールインワンとなり、主催の仙台放送から20万円が贈られた[8]。