杜世忠 From Wikipedia, the free encyclopedia 杜 世忠(と せいちゅう、1242年 - 建治元年9月7日(1275年9月27日))は、元朝の官僚である。 蒙古人、元の正史(官位・礼部侍郎)として文永の役の翌年、建治元年4月15日(1275年)長門国室津(現在の山口県下関市)に上陸。一行は捕えられ大宰府へ送られ、8月になってから太宰府は元使を鎌倉へ護送した。1275年9月27日、時の8代執権北条時宗は元使一行を竜ノ口(現在の神奈川県藤沢市片瀬 龍口刑場跡)にて斬首。享年34。 辞世の句「出門妻子贈寒衣 問我西行幾日歸 來時儻佩黃金印 莫見蘇秦不下機」は、蘇秦の故事を踏まえた李白の詩のもじりであり、栄達を果たして家族のもとに帰る望みを果たせなかった無念と、身につけた一定の教養が窺われる。 元使構成員 正使:杜世忠(34歳・蒙古人) 副使:何文著(38歳・唐人、兵部郎中) 辞世の詩「四大原無主 五蘊悉皆空 兩國生靈苦 今日斬秋風」 計議官:撒都魯丁(32歳・ウイグル人) 書状官:果(32歳・ウイグル人) 通訳:徐賛(32歳・高麗国人) 辞世の詩「朝廷宰相五更寒 寒甲将軍夜過関 十六高僧申未起,算来名利不如閑」 関連項目 常立寺 – 彼を含め、処刑された元使の塚がある。 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 この項目は、モンゴルに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アジア/PJ:アジア)。表示編集 Related Articles