東北人民自治軍
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1945年8月8日、ソビエト連邦は、日本に宣戦布告(ソ連対日参戦)し、満州国に対して全面侵攻を開始した。八路軍冀熱遼軍区は、中共中央主席毛沢東と朱徳総司令の命令に従い、一部兵力を東北部に派遣し、現地の東北抗日連軍と共に、ソ連軍の作戦に協力させた。
対日戦勝後、蔣介石を首班とする国民党政府は、アメリカの援助下、東北部に大兵力を進軍させ、共産勢力の消滅と東北部の独占を図った。国民党の企図に対抗するため、中共中央は、「向北発展、向南防御」の戦略方針に従い、各解放区から一部部隊と幹部を抽出して東北部に派遣し、現地部隊と共に勢力の発展を図ることを決定した。これと前後して、以下の部隊が東北部に派遣された。
- 八路軍山東軍区直属部隊の一部、第1師、第2師、第3師、第6師、第7師、第5師の一部。魯中、濱海、膠東、渤海等軍区主力部隊の一部:約6万人
- 新四軍第3師(第7旅、第8旅、第10旅、独立旅):約3万人
- 陝甘寧辺区第359旅、警備第1旅、教導第2旅の一部、延安抗日軍政大学、延安砲兵学校等:約1万人
- 晋綏、冀中、冀魯予の各1個団
総兵力は、先に進入していた冀熱遼部隊の一部と合わせて、約11万人に達した。同時に、延安及び各解放区の党政軍幹部約2万人が東北部に派遣された。