東大久手古墳
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形状
帆立貝型前方後円墳
規模
墳丘長 約37.5m、全長 約58m(周濠含む) 、後円墳径約26.5m、高さ不明
| 東大久手古墳 | |
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| 所在地 | 愛知県名古屋市守山区大字上志段味字大久手下 |
| 位置 | 北緯35度15分04.40秒 東経137度02分23.34秒 / 北緯35.2512222度 東経137.0398167度 |
| 形状 | 帆立貝型前方後円墳 |
| 規模 | 墳丘長 約37.5m、全長 約58m(周濠含む) 、後円墳径約26.5m、高さ不明 |
| 出土品 | 須恵器、円筒埴輪 |
| 築造時期 | 5世紀中頃 |
規模と構造
前方部が短い帆立貝形古墳で、墳丘長は約37.5メートル、周濠部分を含めると全長約58メートル、後円部の直径が約26.5メートルと推定されている。なお、墳丘の多くが掘平されているため墳高は不明だが、現存する後円部の状態から2段築造であったとも考えられている。
従来は「東大久手・西大久手古墳は主軸方向と規模が同一である」と双方の関連が言われてきたが、2005年(平成17年)の調査で前方部の角と側辺および周堤の角部を検出したことなどで、従来考えられていた墳丘の形態と比べて全長が短くなり、主軸がずれていることも確認された。また、西大久手古墳と志段味大塚古墳に確認される前方部の傾斜角の変化が見られないことから、先の2基とは違って地元勢力との関連が深い可能性も指摘されている。
須恵器のほか円筒埴輪が出土しており、前方部と後円部の境に葺石と思われる列石と円筒埴輪が確認されている。2008年(平成20年)の調査では後円部の数ヶ所で墳丘を囲む円筒埴輪列の残存が確認された。
- 2008年当時の東大久手古墳(2008年(平成20年)7月)
出土品
- 名古屋市見晴台考古資料館収蔵
- 須恵器
- 円筒埴輪
- 須恵器
体感!しだみ古墳群ミュージアム展示(他画像も同様)。 - 円筒埴輪
- 円筒埴輪
参考文献
- 愛知県史編さん委員会 編『愛知県史 資料編3 考古3 古墳』愛知県、2005年
- 名古屋市教育委員会『志段味大塚古墳・大久手古墳群 - 平成17年度大久手池周辺埋蔵文化財発掘調査報告書』2006年
- 新修名古屋市史史料編編集委員会 編『新修名古屋市史 資料編 考古1』名古屋市、2008年
