1977年2月21日、大阪市北区堂島のオフィスビル2階のエレベーター前フロアで突然爆発音がし、窓ガラスや天井が爆風で飛ばされた。2階には東急観光関西支社が入っており、同社社員2人とたまたま来社していた無関係のシンガポール航空社員2人が負傷した。その後の捜査で、消火器の破片などが見つかったことから消火器爆弾による爆破事件と断定した。
これまで加藤は必ず犯行声明文を出していたが、今回の事件は敢えて犯行声明文を出さなかった。1970年代に盛んだった韓国への買春ツアー糾弾が目的だろうという報道が既になされていたことと、声明文にするとヴィルヘルム・ライヒの思想を前面に出してしまい、彼の著書を愛読していた自分が特定されてしまう可能性があると加藤自身が判断したためである。