東氏館
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(岐阜県) | |
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東氏館跡庭園 | |
| 城郭構造 | 居館 |
| 築城主 | 東氏 |
| 築城年 | 15世紀 |
| 主な改修者 | 東氏 |
| 主な城主 | 東氏 |
| 遺構 | 庭園、礎石建物跡 |
| 指定文化財 | 国の史跡、名勝 |
| 位置 | 北緯35度48分3.秒 東経136度55分32.2秒 / 北緯35.80083度 東経136.925611度 |
| 地図 | |
東氏館は岐阜県郡上市大和町牧の篠脇山山麓に14世紀中ごろに建造された武家居館で、15世紀前半ごろに廃絶したとみられる。居館跡が国史跡、庭園は国名勝に指定されている。
新補地頭として山田庄の地頭となった東氏が栗巣川左岸に設けた居館である。昭和54年(1979年)圃場整備を行っていた際に発見され、昭和56年(1981年)から昭和58年(1983年)まで発掘調査された。
遺構として掘立柱建物と礎石建物の跡ほか、壁の基礎とみられる帯状石列や庭園跡が確認されているが、館の全容は不明である。焼けた陶器の破片から14世紀後半から15世紀初頭ごろに火災に遭ったとみられており、これが応仁2年(1468年)9月の斎藤妙椿による東氏への攻撃によるものである可能性がある。庭園には東西23.9m、南北9.6mの池があり、その中に東西4.6m、南北2.1mの島が築かれている。この池が慈照寺の錦鏡池と共通点がみられることから、15世紀末ごろに作庭された可能性が指摘されている。そのため、中世における武将の庭園の様相を伺うことができるものとして、昭和62年(1987年)6月13日に国名勝に指定された。
遺物としては瀬戸焼、美濃焼、常滑焼、中国製の磁器、土師器、白瓷土器や山茶碗が見つかっており、一部13世紀や16世紀のものを含むが大半が14世紀から15世紀にかけてのものが大半であり、館の使用時期を反映している。またこれらの品は東氏の高い文化水準を伺うことができるものとなっている。
東氏館が攻撃を受けた後、東氏は山上の篠脇城を整備して拠点を移したとみられ、17世紀には耕地となった。戦国期における地方領主が山麓の居館から山城へと拠点を移す過程を確認できる場所として令和6年(2024年)10月11日に国史跡に指定された。
