松平正詮 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代前期生誕 寛永4年(1627年)死没 元禄9年(1696年)別名 通称:主馬 凡例松平正詮時代 江戸時代前期生誕 寛永4年(1627年)死没 元禄9年(1696年)別名 通称:主馬主君 松平忠昌→光通→昌親→綱昌藩 福井藩氏族 長沢松平家(松平主馬家)父母 父:松平正世子 千勝、正恒、源四郎テンプレートを表示 松平 正詮(まつだいら まさあき) は、江戸時代前期の福井藩重臣。高知席長沢松平家(松平主馬家)2代当主。 寛永4年(1627年)、福井藩家老松平正世の子として越前に誕生。寛永5年(1628年)父の死去により家督と知行6000石を相続する。延宝2年(1674年)藩主松平昌親の家督相続の御礼言上の際に、4代将軍徳川家綱に拝謁する。貞享3年(1686年)藩主松平綱昌が蟄居および隠居処分となり、福井藩がそれまでのおよそ半分である25万石に減封されたため、家臣団の知行もおよそ一律に半減された。松平主馬家もその知行は3000石に半減となった。 元禄9年(1696年)没。享年70。長男・千勝は幕府に対する証人(人質)の一人として江戸に下向し、12歳で没した。家督は次男・正恒が継ぎ家老となった。 参考文献 「越藩史略」 Related Articles