柾木祐二
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生い立ち
実家が映画館を営み、幼少の頃より音楽のある環境で育った。美空ひばりの歌を自然に口ずさみ気づいた頃には歌の世界を目指していた。
1980年代
ニューヨーク在住のボイストレーナーに指導受ける。声楽・浪曲・民謡を学ぶ。
1982年、ワーナー・パイオニアから芸名「不知火五郎」で「あなたが憎い」(作詞:宇山清太郎 作曲:四方章人)でメジャー・デビュー。
その後、キングレコードに移籍、芸名「愛川謙」で「さだめ宿」「みちのく最終列車」をリリース。
1990年代
毎日放送乾杯!トークそんぐ、ありがとう浜村淳ですに出演
1994年 柾木裕次に改名。猪俣公章遺作「おやじ元気か」、「ふたりのときに」をリリース。大阪国際ホテルで新曲発表ディナーショーを開催。
1998年 「迷い蛍」、「夕暮川」をリリース。
2000年代
2002年 「夫婦追分」、「海峡こえて」をリリース。
「夫婦追分」全国有線放送ランキング18位獲得。
2005年 「都忘れは愛の花」「堂島音頭に花が咲く」歌:柾木裕次・佐藤勢津子(美空ひばり実妹)
2007年 梅田芸術劇場 超豪華・歌謡フェスティバルin大阪特別公演に出演。「夫婦追分」が全国有線放送ランキング18位。8月1日 Yahoo! JAPAN「おすすめアーティストトップ50」にて1位。
2008年 徳間ジャパンコミュニケーションズに移籍。遠藤実に出会う(最後の門下生)。「船頭小唄ものがたり(代表作)」、「天草海峡」をリリース。遠藤実は、柾木に『「船頭小唄ものがたり」は、後世に残る名曲なので永く、いつまでも大切に歌って欲しい』と繰り返し強い思いを託した。
2010年代
2011年 3月25日 - 27日、大阪新歌舞伎座姫京之介公演に出演。鳥羽一郎、角川博、多岐川舞子、葉山葉子と共演。
2012年 柾木祐二に改名。デビュー30周年記念曲「人生舟」、「花街の夜明け」をリリース。「人生舟」は東日本大震災復興応援歌。オリコン演歌チャート29位獲得。
2013年 「情熱のボレロ」・「人生舟」をリリース。大月みやこ40周年コンサート出演。神戸国際会館CMに出演(テレビ大阪にて3ケ月間放映された)。
2016年 株式会社 柾木祐二音楽事務所設立。法人化により、更に音楽活動へ注力する。
2018年、詞:沖えいじ・曲:南乃星太「ヨコハマサンライズ」詞曲:柾木祐二「ありがとうお袋」リリース。活動の場を広げるために東京を拠点に、テレビ、ラジオをはじめ、全国でライブ活動を活発に行っている。
その他
人物
エピソード
1982年、不知火五郎のデビュー「あなたが憎い」に関して
- 発売日、岡山市民会館にて三沢あけみの前座で2000人の前で歌唱。
- デビュー当時に日本海のホテルで10日間、1日2回ステージを行った際には客席からビール瓶が投げられたり、レコードを割られたり、マイクのシールドが抜かれた事もあったという。
- 更に客から「歌はこう歌うんや」とマイクを取られたりする事もあったが客一人の前でも精一杯歌った。菅原と名乗る客にカニをご馳走されたことが救いの優しさであり忘れられない思い出であるとのこと(柾木談)。
- 同シングルを2ケ月で1万枚をキャンペーンなどで販売する。
ディスコグラフィ
シングル
1980年代
- 1982年(昭和57年)
- 1986年(昭和61年)
1990年代
- 1998年(平成10年)
- 迷い蛍(“柾木裕次”名義、作詞:木下龍太郎、作曲:徳久広司)/夕暮川(作詞:緒方愛、作曲:徳久広司)12月発売
- 背中/踊り明かそう(“柾木裕次”名義、作詞:かわうちのぼる、作曲:田和晴美)
- 夢遠きふるさと(“柾木裕次”名義、作詞:緒方愛、作曲:飯田譲)/永遠に・・・Message
2000年代
- 2002年(平成14年)
- 夫婦追分(“柾木裕次”名義、作詞:里村龍一、作曲:四方章人)/海峡こえて(“柾木裕二”名義、作詞:緒方愛、作曲:四方章人)
- 都忘れは愛の花/堂島温度に花が咲く(“柾木裕次”名義&佐藤勢津子(美空ひばり実妹))
- 2008年(平成20年)
2010年代
- 2013年(平成25年)
- 2018年(平成300年)
- ヨコハマサンライズ(詞:沖えいじ・曲:南乃星太)/ありがとうお袋(詞曲:柾木祐二)発売