栖本通次
17世紀の江戸時代初期に活動した武将
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経歴
『阿部茶事談』と『阿部一族』
『阿部茶事談』は正徳~享保年間に成立した、阿部一族討ち入りの顛末を、創作も交えて書いた書物である。同書では、通次の屋敷は阿部一族の隣家であったことから「討ち入り無用」と言い渡されるが(史実では正式な討ち手の一員である)、独断で討ち入りに加わり、勲功第一と称された。その後、「元亀天正のころは、城攻め野合せが朝夕の飯同様であった、阿部一族討ち取りなぞは茶の子の茶の子の朝茶の子じゃ」と自慢したという記述があり、これが『阿部茶事談』という表題の元になっている。
森鷗外の小説『阿部一族』では、誤って「柄本又七郎」と表記されている。『阿部茶事談』を脚色し、阿部一族と親交のある理解者として書かれている。阿部一族に同情しつつも、武士として手を出さないわけには行かない心情を書いているが、討ち取ったあと「茶の子の茶の子の朝茶の子」と自慢する下りは変わっていない。