橘末茂 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代初期 - 前期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・甲斐守 凡例橘末茂時代 平安時代初期 - 前期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・甲斐守主君 仁明天皇→文徳天皇→清和天皇氏族 橘氏テンプレートを表示 橘 末茂(たちばな の すえしげ/すえもち)は、平安時代初期から前期にかけての貴族。官位は従五位下・甲斐守。 承和9年(842年)正六位上・左京少進の官位にあったが、同年7月に発生した承和の変に連座して、飛騨権守に左遷される。なおこの時に上官であった、左京大進・紀貞嗣も上総権掾に左遷されている。 その後赦されたらしく、嘉祥3年(850年)従五位下に叙爵し、翌嘉祥4年(851年)下総守に任ぜられる。 清和朝に入ると、天安3年(859年)刑部少輔に任ぜられて京官に復す。貞観4年(862年)2月に中務少輔に遷るが、同年6月には甲斐守として再び地方官に転じている。 官歴 『六国史』による。 時期不詳:正六位上。左京少進 承和9年(842年) 7月26日:飛騨権守 嘉祥3年(850年) 正月7日:従五位下 嘉祥4年(851年) 正月11日:下総守 天安3年(859年) 2月13日:刑部少輔 貞観4年(862年) 2月11日:中務少輔。6月5日:甲斐守 参考文献 森田悌『続日本後紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、2010年 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 上巻』戎光祥出版、2009年 Related Articles