殊妙院 From Wikipedia, the free encyclopedia 殊妙院(しゅみょういん、? - 天保15年6月20日(1844年8月3日))は、江戸時代の女性で、12代将軍・徳川家慶の側室。俗名は筆。 幕臣・稲生正方の娘として生まれたとされる。家慶との間には、文政12年(1829年)に八男・直丸、天保3年(1832年)に九男・銀之丞、天保6年(1835年)に八女・千恵姫、天保9年(1838年)に十男・亀五郎、天保13年(1842年)に十一女・若姫を出産するが、いずれも夭折した。 天保15年(1844年)6月20日、死去。墓所は東京都港区の増上寺。戒名は殊妙院暁月法雲大姉。 参考文献 雲村俊慥『大奥の美女は踊る』 PHP研究所、2006年。 高柳金芳『大奥の秘事』 雄山閣、2003年。 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles