比田井南谷
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略年譜
父・比田井天来、母・小琴の次男として生まれ、天来没後は書道研究機関「書学院」を継承し、碑帖の管理や出版部の再開に努める。書学院長・毎日書道展名誉会員・書宗院顧問・独立書入団客員などを歴任し、プリンストン大学・オックスフォード大学など、約20の大学で書道史を講演する。
- 1912年(明治45年) 神奈川県鎌倉市に生まれる。
- 1922年(大正11年) - 1939年(昭和14年) 父・天来に書法を学ぶ。
- 1934年(昭和9年) 東京高等工芸学校印刷工芸科を卒業。
- 1935年(昭和10年) 父・天来から南谷の号を受ける。
- 1939年(昭和14年) 父・天来が没する。「書学院」を継承し、書道の資料・図書の管理運営の任につく。
- 1940年(昭和15年) 大日本書道院展の参事となる。
- 1945年(昭和20年) 古文を基礎とし、はじめて抽象的な書表現の実験を行い、試作に対し「心線作品」と名付ける。
- 1946年(昭和21年) 現代美術協会展に『心線作品第一・電のヴァリエーション』(前衛書)ほか2展を出品。
- 1948年(昭和23年) 山枡康子(のちの比田井小葩)と結婚。
- 1951年(昭和26年) 「個展」(養清堂画廊)。以後、東京のほかニューヨーク、サンフランシスコ、ワシントン、メルボルン等で「個展」14回。
- 1959年(昭和34年) - 1961年(昭和36年) サンフランシスコの「ルドルフ・シェーファー図案学校」に招かれ渡米。同校および自己のアトリエに教場を設け、書法および書道史を教える。
- 1972年(昭和47年) 「比田井天来生誕100年展」開催。
- 1974年 (昭和49年) - 1975年 (昭和50年) 長野県、天来生誕地に建設の「天来記念館」の設立に協力。
- 1987年(昭和62年) 『中国書道史事典』(雄山閣)を上梓。
- 1999年(平成11年) 10月15日永眠、享年87。