水野高康 From Wikipedia, the free encyclopedia 水野 高康(みずの たかやす、生没年未詳)は、鎌倉時代初期の武将。尾張国山田荘水野郷(愛知県瀬戸市)・志段味郷(名古屋市守山区)を拠点とした豪族である桓武平氏高望王流水野氏の総領。左近将監。入尾城主。父は水野高家。子に有高がある。 承久3年(1221年)、後鳥羽上皇の院宣に応じて朝廷方として起ち、一族を挙げて山田重忠に属し鎌倉方と戦う(承久の乱)。この時、実子・有高が戦死。 承久の乱の後は京都に移り住み、弟の水野高俊を養子とした。 瀬戸市史編纂委員会『瀬戸市史 通史編上』2007年 関連項目 水野氏 承久の乱 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles