江景邑
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歴史

江景は高麗時代から李氏朝鮮時代にかけて市場として繁栄し、沿海部からは海産物が、内陸部からは穀物が集まった。王朝時代には周辺一帯の穀物取引の中心で、平壌・大邱と並ぶ「朝鮮三大市場」の一つと謳われた。19世紀末には銀行が支店を構え、日本人街も築かれた。
1899年、錦江河口部に群山が開港し、米の積み出し港として発達するようになると、江景は穀物市場の中心としての地位を奪われた。しかし、群山と内陸部を結ぶ錦江水運の拠点としては栄え、1930年の邑制施行によっていち早く昇格した街の一つであり、日本式の町名がおかれていた。
第二次世界大戦後、貿易港としての群山が衰退するに伴い、江景も水運の拠点としては衰退、日本式町名も在来の大字地名に戻された。しかし現在も論山警察署(1996年までは江景警察署という名称だった)、大田地方法院論山支院、大田地方検察庁論山支庁が置かれており、地域の行政の中心として機能している。
かつての繁栄を物語る建築物として、日本家屋やレンガ造りの銀行支店跡などが残されている。
