直径3cm、厚さ3,4mmほどの面型に粘土を詰め、素焼きにして製造する。
江戸時代、享保年間に登場、発祥地は大阪であり、そこから各地に普及し、幕末に流行、各地でその郷土色を反映した泥面子が作られた。江戸では浅草周辺で製造された。
形状や表面の模様にも様々なデザインが凝らされた。文字や紋章などが型抜きされ、種類は2000種以上にも及ぶ。
明治時代に入ると、面子の素材は鉛、やがて木や紙へと変遷してゆき、それらが普及するようになると、泥面子は俄然姿を消すようになった。今では青森県弘前市などで僅かに製造されるのみとなっている。