早世した、とされており、事跡はほとんど伝わらない。『津軽藩旧記伝類』によれば天正3年(1575年)生まれ。徳川家康の小姓、徳川秀忠の近習を務めたとされる。
慶長元年(1596年)、弟・信枚と共にキリシタンに改宗している。慶長2年(1597年)1月26日に江戸において23歳で死去した。
浅草にある曹洞宗萬隆寺は、元は湯島の津軽家屋敷付近にあり(明暦の大火後に移転)、江戸における津軽家の菩提寺の一つであったとされる。開基が信堅とされているが、詳細は不明である。元は出羽国にあり、江戸に移転したとされる。『御府内寺社備考』に拠れば、開基は兄の津軽信建(津軽宮内)。