浜松事件 (抗争事件)
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事件の発端
事件の概要
4月4日夕方、朝鮮人が服部組組長宅を襲撃したことで、朝鮮人・服部組・浜松市警の三つ巴の抗争が勃発した。服部組は直ちに報復すべく会合を開いたが、朝鮮人はその会合場所を襲い銃撃した。浜松市警も抗争を鎮圧するために出動したが、朝鮮人は浜松市伝馬町交差点でこれを迎えうち、警察との間で銃撃戦となった。5日以降の数日間の戦闘で死者数人・負傷者約300人を出した。浜松市警は駐留軍岐阜軍政部に憲兵の出動を要請し、400人の兵士が浜松に派遣されたことで漸く沈静化した。
その後の顛末
この事件により、朝鮮人への評判は地に堕ち、逆に服部組は浜松市民有志から50万円(当時)の見舞金が送られた。同年8月4日、静岡地方裁判所浜松支部は17人に懲役6ヶ月~4年を言い渡した。
参考文献
- 『明治・大正・昭和・平成 事件・犯罪大事典』
