中学2年のころ、お年玉でアコースティック・ギターを購入。ギターにのめり込み音楽人生がスタートする。
大学進学のため、1982年に京都に移り、1987年には東京に上京するが、再び京都に戻り自主制作でアルバム「Prisonor In The Heaven」を発表する。
1989年に就職のため高松に渡るが、ミュージシャンとしての活動を本格に行うため、再び京都に戻る。
1990年に山口岩男のライブに飛び入りで参加し山口岩男の曲「Frozen Night」を歌う。
1993年にアルバム「さよなら楽園-Bye Bye Heaven」をリリース。翌年、α-Station平安建都1200年記念協会会長賞を受賞、また、ラジオ関西主催コンテストでは「ラジオ関西賞」を受賞する。
1996年にアルバム「僕が電話をかけている場所」、翌年1997年にはアルバム「Days in The Sun」をリリース。ライフワークとなる山口岩男とのジョイントライブ「Voices」を開始する等、精力的な活動を行う。
2001年、音楽活動を休止し、そのまま故郷に帰郷するが、2003年に再開。自主制作でアルバム「結露」を発表し、復活をアピールする。これまでのバンドサウンドから一転して弾き語りスタイルのサウンドへと変貌する。その後、友部正人のライブのオープニングアクトを行う。
2004年、「トラヴィス」をリリース。善と悪とは何か?、平和とは何か?を綴った。
2005年、限定盤「Prisoners in The Heaven」をリリース。
2006年、「Rain Of Pain」「ヒヤシンス」を2枚同時リリース。同時に「SEEDS」というライブを企画し、友部正人、小山卓治等とのジョイントライブを精力的に行っている。また山口岩男とのジョイントライブ「Voices」も再開する。
2007年、アルバム「果実」を発表。
2009年、「流星キネマ」発表。矢野絢子とのツアー「パープルレインと赤い傘」を行う。
2010年、四万十市の市会議員選挙に日本共産党の公認候補として立候補、最下位で当選。
2012年、四万十市市議会の教育民生常任委員会の副委員長。7月26日脳出血で救急病院へ搬送。9月病院を退院後自宅にて静養。
2014年、4月13日四万十市議会議員選挙(定数20名立候補22名)において499.453票最下位にて落選、離党に至る。
2015年、8月10日radio camnetで「流星ラヂヲ倶楽部!!」オンエア。李涛のソロデビューアルバムに和佐田達彦の推薦により、楽曲「DEAR」を提供。
2016年、再び李涛のアルバムに楽曲「302」を提供。李涛のライブでも前作「DEAR」とともに唄われ好評を博した。
2021年、アルバム「アダムの肋骨(あばら)」リリース。
2024年、アルバム「TOKYO GIRL」リリース。