浦山明俊
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1958年12月1日 東京浅草生まれ 浅草神社で明俊と命名される。
担任教師に代わって、教壇に立ち同級生に国語の授業をするなど、文科系に秀でていた小学生時代を過ごす。
台東区立下谷中学校卒。3年生のときの担任教師が国語の教諭であり「将来は作家を目指せ」と激励を受ける。
都立全寮制秋川高校10期生として卒。イギリスの全寮制名門校イートン・カレッジをモデルとした男子校であった。
同級生には官僚や、商社などの海外赴任からの帰国男子が多く、思想、人格形成に多大な影響を受ける。
國學院大學卒。
同大学の必須科目である神道に触れたことから、陰陽道を独学で学習。後の陰陽師としての活躍につながる。
20歳から作詞家として活動。内藤やす子などに歌詞を提供する。
しかし作詞家として収入を上げられず、挫折。
27歳でジャーナリスト集団『イン-ストック』を立ち上げる。文京区本郷三丁目の事務所は高校時代の同級生の写真家のスタジオの間借りから始まった。この頃から弟子を受け入れ、マスコミ業界への人材育成を始める。弟子には作家、ジャーナリスト、編集者、ウェブデザイナーなどの職に就いた者が多い。指導を受けた門下生のなかには、直木賞作家の桜庭一樹、ノンフィクション作家の佐宮圭、ジャーナリストの小神野真弘らがいる。29歳でイン-ストックの事務所を文京区湯島に移転。2000年1月、42歳の時に有限会社イン-ストックとして登記。2008年、台東区東上野に会社を移転。
35歳で、平凡社の女性編集者と結婚。40歳で離婚して以来、現在まで独身。子どもはいない。