延命寺の開基龍宣が宝珠山万福寺を建立し、その鎮守社として弁財天を祀ったのが当社の始まりである。天文年間、キリシタンによって寺とともに社殿が焼かれ、以降再建されないままであった。寛永11年(1634年)、万福寺とともに弁財天社が再建され、淵村の総鎮守として信仰された。
明治元年(1868年)の神仏分離令により、弁財天は市杵島姫命の本地仏であるので、祭神を宗像三女神に改め、「淵神社」を称する神社となった。明治7年5月に村社に列格し、昭和18年、県社に昇格した。昭和20年(1945年)8月9日、原爆により本殿が倒壊し、昭和35年(1960年)に再建された。