浅尾国五郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 淺尾 國五郎(あさお くにごろう、新字体:浅尾国五郎)は歌舞伎の名跡の一。屋号は「河内屋」(初代)[1]、「大坂屋」「松葉屋」(三代目)[1][2]。定紋は丸に二つ引き。 初代 淺尾國五郎 初代淺尾爲十郎の門弟、七代目片岡仁左衛門の兄、生年不明 - 1776[3]。 大和谷与三八[1] → 朝井國五郎 → 初代淺尾國五郎 二代目 淺尾國五郎 初代の弟、1755 - 1837。 はじめ二代目中村十蔵の門弟から初代淺尾爲十郎の門弟。 二代目片岡仁左衛門の早世後100年近くにわたって事実上は絶えていた「片岡仁左衛門」の名跡を天明八年 (1788年) に再興し、七代目を襲名。 中村松助 → 二代目淺尾國五郎 → 山澤國五郎 → 七代目片岡仁左衛門 戒名:快翁院義教日耀信士[1] 三代目 淺尾國五郎 初代 浅尾工左衛門の門弟[1]、1769–1835[4]。 朝井國五郎 → 三代目淺尾國五郎 → 朝井國五郎 → 三代目淺尾國五郎[1] 戒名:開権院顥実日相信士[1] 四代目 淺尾國五郎 初代 三枡徳次郎、三桝光五郎の門弟から三代目中村歌右衛門の門弟、生年不明 - 1840[5]。 初代三桝門之助 → 初代三桝寛十郎 → 初代中村翫十郎 → 四代目淺尾國五郎 五代目 淺尾國五郎 二代目 淺尾奥山の門弟から三代目 中村歌右衛門 の門弟、のち三代目 嵐璃寛の門弟、生年不明 - 1887[6]。 初代三桝貫蔵 → 初代淺尾三八 → 初代淺尾山道 → 初代淺尾梅鉢 → 初代 中村三八 → 五代目淺尾國五郎 → 初代 生島寛右衛門 → 嵐大吉 → 初代 嵐寛右衛門 六代目 淺尾國五郎 詳細不詳。生年不明 - 1857[1]。 七代目 淺尾國五郎 詳細不詳。生没年不明 [1]。 丸に二つ引 脚注 [1]『歌舞伎俳優名跡便覧 第5次修訂版』国立劇場調査養成部調査記録課、2020年3月31日、3-4頁。 [2]“国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2025年10月11日閲覧。 [3]“浅尾国五郎(初代)”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2014年1月9日閲覧。 [4]“浅尾国五郎(3代)”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2014年1月9日閲覧。 [5]“浅尾国五郎(4代)”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2014年1月9日閲覧。 [6]“浅尾国五郎(5代)”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2014年1月9日閲覧。 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks