減反政策
1960年代末以降の生産過剰による米価暴落問題を受け、主に零細や兼業の継続農家保護のために消費量に応じた生産量化で自由競争時よりも米価下落を緩和させる政策
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減反政策(げんたんせいさく)とは、戦後の日本で行われた、米の生産量を需要量に見合う水準へ調整し、米の需給および価格の安定を図るための生産調整政策の通称である。国や農業者団体などが地域や農業者に生産数量または作付面積の目標を配分し、主食用米から麦・大豆・飼料作物などへの転作や休耕を行った農業者に交付金を支給する方式が採られた。[1]
昭和40年代前半には、米の消費量が減少する一方、単位面積当たりの収量の増加や豊作によって生産量が需要量を上回り、政府米の在庫が急増した。当時の食糧管理制度では、政府による米の買入価格が売渡価格を上回っていたため、米の売買に伴う損失に加え、過剰米の保管や処分にも財政負担が生じた。このため、1969年度(昭和44年度)に生産調整が試行され、1970年度(昭和45年度)の緊急措置を経て、1971年度(昭和46年度)から中長期的な政策として本格的に実施された。[2][1]
生産調整については、米価の下落を抑える一方で、小規模農家の離農や農地集積を遅らせ、効率的な稲作経営の規模拡大を妨げるとの批判が示されてきた。一方、生産調整に対する農業者の評価は地域や経営規模などによって異なり、政策の維持、緩和および廃止をめぐる意見は分かれていた。[3]
2018年産からは、行政による主食用米の生産数量目標の配分が廃止され、産地や生産者が需要に応じて生産・販売を判断する制度へ移行した。ただし、政府による需給情報の提供や、主食用米から麦・大豆・飼料用米などへの転換に対する財政支援は、その後も継続している。[4]
制度の沿革
戦前の米穀統制
日本政府による米の需給や価格への介入は、1942年(昭和17年)の食糧管理法制定以前から行われていた。1921年(大正10年)に制定された米穀法では、米価の急激な変動を抑えるため、政府による米の買入れや売渡しなどが制度化された。その後、1933年(昭和8年)の米穀統制法、1936年(昭和11年)の米穀自治管理法、1939年(昭和14年)の米穀配給統制法によって、需給調整、価格統制および流通統制が段階的に強化された。戦時下の食糧不足を背景として、1942年には食糧管理法が制定され、米を含む主要食糧の生産、集荷、流通、価格および消費を政府が管理する制度へ再編された。[5]
食糧管理制度と生産調整の導入
1942年(昭和17年)に制定された食糧管理法は、戦時下の食糧不足を背景として、主要食糧の需給と価格の調整および流通の統制を行うことを目的としていた。同法に基づく食糧管理制度では、米の生産者は原則として生産した米を政府に売り渡す義務を負い、政府が許可を受けた卸売業者などへ売り渡す仕組みが採られた。政府が米の買入価格を決定する国による全量管理を基本としていたが、1969年(昭和44年)からは、政府を通さず、指定された集荷業者などを通じて流通する自主流通米も認められた。[2][1]
米の需要量は1963年度(昭和38年度)をピークとして減少に転じ、1966年度(昭和41年度)には生産量が需要量を上回った。さらに1967年度から1970年度にかけて豊作が続いたため、政府米の在庫量が急増した。当時は政府による生産者からの買入価格が卸売業者などへの売渡価格より高く設定されており、米の売買に伴う損失に加え、過剰米の保管や飼料用としての廉価処分などにも財政負担が生じた。[2]
こうした米の供給過剰を抑え、需要量に見合った生産量とするため、1969年度に生産調整が試行され、1970年度には緊急措置として実施された後、1971年度(昭和46年度)から本格的な政策として実施された。国から都道府県、市町村を経て農業者へ米の削減数量または作付削減面積の目標を配分し、稲作から麦、大豆、飼料作物などへの転作や、作付けを行わない休耕に対して交付金を支給する方法が採られた。[2][1]
実施方法と農業者の反応
生産調整の運用では、目標を達成しなかった面積を翌年度の目標に上乗せする措置や、目標未達成の市町村について、圃場整備事業など水田営農に関係する補助事業を原則として採択しない措置が実施された時期もあった。[2]一方、生産調整に対する農業者の評価は一様ではなく、2009年に紹介された農業者調査では、「維持・強化」が45.9%、「緩和」が38.7%、「廃止」が13.1%であった。[3]
転作目標は、都道府県から市町村、集落、農業者へ配分される過程で、経営規模や生産性が異なる農家に比較的一律に割り当てられる傾向があった。このため、同程度の転作率を各農家に求めることが、効率的な稲作経営への農地集積や規模拡大を妨げるとの批判が示された。一方、転作率、奨励金の水準、転作作物の収益性には地域差があり、生産調整が農家所得や農地の貸借に及ぼす影響も、地域や経営規模によって異なっていた。[6]
国が大規模な機械化稲作の拠点として開発した秋田県大潟村では、入植開始直後に生産調整が導入されたため、水稲作付面積や営農方式などをめぐって国と入植者の対立が長期化した。大潟村の事例は、米の増産を目的として進められた農業開発と、その直後に導入された生産抑制政策との矛盾を示す事例として取り上げられている。[7]
食糧法への移行と流通規制の緩和
1993年(平成5年)の記録的な不作と米の緊急輸入、ウルグアイ・ラウンド農業合意、自主流通米の拡大などを背景として、1994年(平成6年)に主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(食糧法)が制定され、1995年(平成7年)に施行された。これに伴って食糧管理法は廃止された。食糧法では、自主流通米を中心とする民間流通へ移行し、政府による国内産米の買入れは原則として備蓄目的に限定された。一方、生産調整は米の需給の均衡を図る制度として継続された。[2]
2004年(平成16年)の米政策改革では、計画流通制度が廃止され、米の流通規制は原則として撤廃された。生産調整については、国が「米を作付けしない面積」を配分する方式から、需要実績などを基礎として「生産できる数量」を配分する方式へ移行した。2007年産からは、国が提供する需給情報を基に農業者・農業者団体が主体的に需給調整を行う方式への移行が図られたが、目標未達成地域の発生などを受け、2008年産以降は行政も生産調整の実効性確保に関与する方式へ見直された。[2][1]
行政による生産数量目標の配分廃止
2018年産からは、行政による主食用米の生産数量目標の配分が廃止され、産地や生産者が需要に応じて生産・販売を判断する制度へ移行した。その後も、政府は米の需要見通し、販売状況、在庫量および価格などの情報を提供するとともに、麦、大豆、飼料用米などへの転換に対する「水田活用の直接支払交付金」などの支援を実施している。[4]
行政による生産数量目標の配分廃止後の動向
需給見通しと実績の乖離
2024年(令和6年)夏以降には、店頭での米の品薄を契機として小売価格が上昇した。農林水産省が2025年(令和7年)8月に公表した検証では、人口減少等に伴う需要減少が続くとの前提で需要量を見通していたため、直近の1人当たり消費量の増加、訪日外国人による需要、高温障害等による精米歩留まりの低下を十分に反映できていなかったとされた。同省は、主食用米の生産量が需要量に対して2023年7月から2024年6月までの期間に40万から50万トン程度、2024年7月から2025年6月までの期間に20万から30万トン程度不足し、民間在庫の取崩しによって需要を賄ったと推計した。また、民間在庫の多くは既に販売先が決まっており、需給変動に対応できる余裕が乏しかったことや、政府備蓄米の放出時期と方法が適切でなかったことも価格高騰の要因として挙げられた。[8][9]
政府備蓄米の放出と増産方針
政府は2025年3月以降、政府備蓄米について、一定期間後の買戻しを条件とする入札で約31万トンを売り渡したほか、同年5月以降は小売業者や外食・中食事業者などに対する随意契約により約28万トンの売渡しを決定した。[10]
同年8月、政府は従来の需要減少を前提とする生産見通しを改め、需要拡大や輸出も含めて米の増産を進める方針を示した。[9]2025年産の主食用米の作付面積は前年産より10万8,000ヘクタール増加して136万7,000ヘクタールとなり、生産者が使用するふるい目幅を基準とした収穫量は前年産より66万2,000トン増加して718万1,000トンとなった。[11]
在庫・価格および輸入量の変化
2026年(令和8年)に入ると、民間在庫は前年を上回り、小売価格は低下した。同年5月末の出荷・販売段階における民間在庫は前年同月より74万トン多い223万トンとなった。全国約1,000店舗のPOSデータに基づく米の平均小売価格は、2026年1月の5キログラム当たり4,248円から同年6月には3,589円へ低下した。[10]
また、国内価格の高騰を背景として、関税割当ての枠外で関税を支払って輸入される米も増加し、2025年度の4月から翌年1月までの輸入量は約9万9,600トンと、2024年度全体の約30倍となった。[12]
農林水産省が2026年7月に示した2025年7月から2026年6月までの主食用米需要量の実績は683万トンで、同年3月時点の見通しである691万から704万トンを下回った。同省は、この乖離について、米価が高い水準にあったことによる消費や購入の鈍化、民間輸入の増加などが影響したとの見方を示した。[13]
2026年の食糧法改正
2026年(令和8年)7月15日、主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律の一部を改正する法律(令和8年法律第55号)が公布された。改正法は、従来の「生産調整方針」に関する規定を削除し、生産者と政府による「需要に応じた生産」に関する責務規定を新設した。また、米穀等取扱事業者に対する届出・定期報告の拡充、政府備蓄を補完する民間備蓄制度、供給不足時に民間備蓄米の放出を求める仕組みなどを設けることとした。各規定の施行日は、公布日、公布から1年以内または公布から2年以内に政令で定める日とされ、改正内容によって異なる。[14][15][16]
一方、2026年度も、麦、大豆、米粉用米、飼料用米などへの転換を支援する水田活用の直接支払交付金等として2,752億円が計上されており、行政による生産数量目標の配分が廃止された後も、作物転換に対する財政支援は継続している。[17]
米政策をめぐる政治的背景
日本の米政策をめぐる政治過程は、農業者・農業団体による組織化された利益と、米価、税負担および食料供給を通じて影響を受ける消費者利益との関係から分析されてきた。農業者の間でも、経営規模、主副業別、農地の所有・利用関係、集荷・流通への関与などによって利害は異なる。また、消費者の選好も、価格の低さだけでなく、品質、食品安全、国内生産、食料安全保障および農村の維持などに分かれている。[18]
農村票と農業団体
戦後の農地改革によって多数の小規模な自作農が成立し、農村部は自由民主党の重要な支持基盤となった。政治学者の長久明日香は、中選挙区制と農村部を相対的に過大代表する議席配分に加え、候補者と農業協同組合との関係が農業者の政治的影響力を強め、農協の支援を受けた農林関係議員が農業保護を要求する仕組みが形成されたと分析している。[18]
食糧管理制度の下では、生産者米価は生産費や農家所得などを基礎としながら政治的に決定され、農業団体は毎年の米価決定に際して引上げ運動を展開した。野党も選挙公約で自民党を上回る生産者米価を提示することがあり、米価政策は与野党間の農村票獲得競争の対象となった。[19]
一方、斉藤淳と浅羽祐樹は、米価支持の利益は支持政党にかかわらず全ての稲作農家に及ぶため、それだけでは自民党への継続的支持を十分に説明できないと指摘している。両者は、自民党が価格支持に加え、土地改良事業、公共事業、農村部での雇用、農地買収など地域や受益者を選別できる政策を組み合わせることで支持基盤を形成し、1970年代以降は、価格支持から生産調整と転作奨励金を中心とする政策へ比重を移したと分析している。[19]農協は生産調整目標の地域内での配分や実施にも関与し、行政と農業者を結ぶ政策実施主体の一つとなった。[1]
兼業・副業的経営体の位置付け
稲作では、農業以外の所得を主な収入源とする兼業農家が多数を占めてきた。1980年には、農外所得が農業所得を上回る第2種兼業農家が総農家戸数の65%を占めていた。[19]
農林業センサスでは、2015年まで用いられていた「専業農家」「兼業農家」の分類が2020年から廃止され、個人経営体について「主業経営体」「準主業経営体」「副業的経営体」という分類が用いられている。[20]
分類方法が異なるため単純な時系列比較はできないが、2025年農林業センサスでは、個人経営体79万6,000経営体のうち、主業経営体は19万経営体、準主業経営体は8万7,000経営体、副業的経営体は51万9,000経営体であり、副業的経営体が65.2%を占めた。[21]また、2020年時点では、田の経営耕地面積の約4割を副業的経営体が占めており、農林水産省は、副業的に農業を営む経営体が農地の保全や集落機能の維持に重要な役割を果たしているとしている。[22]
生産者保護と消費者負担
生産調整によって主食用米の供給量を抑える政策は、需給の均衡と米価の安定を通じて農業者の収入を支える一方、消費者にとっては米の購入価格を高くする可能性があり、転作奨励金などの財政支出を通じて納税者の負担も生じる。このため、米政策では、生産者に対する価格支持を中心とする「消費者負担型」の保護と、価格形成を市場に委ねた上で対象を限定した直接支払いを行う「納税者負担型」の保護のどちらを採用するかが論点となってきた。[1]
経済協力開発機構(OECD)によると、日本の農業全体に対する生産者支持推定量は2022年から2024年の平均で農業総収入の32%に相当し、OECD平均の2倍を超えていた。また、日本では市場価格支持が農業保護の主要部分を占め、国内生産者価格は国境参照価格を平均36%上回っていた。[23]
政治経済学では、農業保護による利益は比較的少数の生産者に集中するため、生産者は農業団体を通じて組織化されやすいのに対し、負担が広く薄く分散する消費者は組織化されにくいという「集合行為」上の非対称性が指摘されている。[18]
ただし、日本の消費者の選好は、必ずしも安価な輸入農産物や農業自由化への支持に限られてきたわけではない。1980年代には、消費者団体の一部が食料自給、安全性、国内農業の維持などを重視して農業者と連携し、農産物輸入自由化に反対した。長久は、1990年代以降も消費者が価格低下による経済的利益だけでなく、食品安全、食料安全保障、農業の多面的機能など自由化に伴うリスクを重視したため、消費者の政治的影響力の増大が直ちに農業保護の撤廃へ結び付いたわけではないと分析している。[18]
選挙制度改革後の変化
1994年の選挙制度改革による小選挙区比例代表並立制への移行、選挙区間の人口格差の縮小、農業従事者数の減少などにより、農村部や特定の農業団体が持っていた相対的な政治力は低下したとされる。長久は、小選挙区制では候補者が農業者だけでなく選挙区内の幅広い有権者から支持を得る必要があるため、都市住民や一般消費者の利益が農政に反映される余地が拡大したと分析している。[18]
2024年以降の米価をめぐる政治的対立
2024年夏以降の米価高騰では、消費者の負担軽減と生産者の所得確保の両立が再び政治的争点となった。2025年7月の第27回参議院議員通常選挙では、米価対策が主要な争点の一つとなり、朝日新聞は、自民党が従来重視してきた農協との関係に配慮しながら、価格低下を求める消費者と生産費の確保を求める生産者の双方への対応を迫られ、党内の方針も必ずしも一致していなかったと報じた。[24]
同年5月、石破茂首相は、店頭価格について「5キログラム当たり3,000円台でなければならない」と述べるとともに、米政策を増産へ転換する必要があるとの考えを示した。[25]同年8月、政府は米価高騰について、需要量や精米歩留まりなどの見通しが不十分で生産量が需要量を下回ったことを認め、需要拡大や輸出を含む増産を進める方針を示した。[9]
同年10月に就任した鈴木憲和農林水産大臣は、主食用、加工用、輸出用などを含めた「需要に応じた生産」を基本とする方針を示した。[26]
2026年7月時点では、同年産の主食用米の生産量は平均的な単収の場合732万トンに相当し、需要量見通しの上限である711万トンを上回ると見込まれた。さらに、2027年6月末の民間在庫量は263万から281万トンとなり、2026年6月末の243万トンから増加すると予測された。一方、加工用米や米粉用米などでは需要に対して生産意向が不足しており、用途別の需給には差が生じていた。[13]