雑誌「ル・ボラン」時代に福野の連載を担当したことが始まりである。渡辺が福野へ原稿の依頼をし、当初は断られるも、何度も頼み込んでようやく了解をとりつけたという。日本車のデザインに的を絞ったエッセイ「どうして日本車はカッコ悪いのか」、1台のクルマを深く掘り下げる評論「Deep Investigation」を担当。その頃、福野より自動車部品メーカーを取材する企画が提案されたが福野自ら「この企画はCAR GRAPHIC誌(CG)じゃなきゃ無理。だから慎太郎がCGへ行け」とボツになった。
ところが数年後、渡辺が本当に二玄社CG編集部に移籍。こうしてスタートしたのが「クルマはかくして作られる」である。フォトグラファーの荒川正幸を加えた3人で、足掛け5年に渡ってクルマ作りの真髄に切り込んだ「クルマはかくして作られる」の取材を行い、「天竺にたどり着いた」(福野談)。また、「極上中古車を作る方法」の素材となったロールス・ロイスは、渡辺の父が亡くなる直前に手に入れたものだった。