湖南焼
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特徴
伝来品は茶道具(茶道)、煎茶道具(煎茶道)、雑器など様々な物が現在伝世している。又、短期間で住居を移転し、そのつど作風も変化している。主な作風として祥瑞、古染付、赤絵、金襴手、鉄絵陶器が多い、ただ特筆すべきは金彩の作品が特に多い事である。豊富に金を使う事によって何を意図したか不明であるが、近世最後の名工としての自負が感じられる。
また、滋賀県立陶芸の森に所蔵されている「金襴手龍文馬上杯」などは同時代の焼物には類を見ない形で、当時西洋より輸入されたガラス器の影響を受けたものと考えられる。
晩年、息子和全と不仲になり京都を離れ地方を流転するが、強い個性ゆえ他と交えることが出来なかったのであろう。湖南焼の特徴と云えば保全の個性的な創造力と云っても過言ではない、それ故にこそ現在まで作品の力が衰えず魅力を保っている。同時代の名工、青木木米、高橋道八に比べ不遇な晩年であったと語られるが、作品より奏でられる高い品格がその説を砕く。晩年まで貫いた創作力の強さこそが真の保全の姿であったと考えられる。紀州徳川家の偕楽園焼、摂州高槻城主、永井直輝による高槻焼をはじめ各地の大名や門跡寺院など、各地の御庭窯に招かれて指導にあたったことは陶技の伝播を考える上で陶磁史に不動の功績を残している。

