源仲頼 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 平安時代後期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・筑後守 凡例源仲頼時代 平安時代後期生誕 不明死没 不明官位 従五位下・筑後守主君 鳥羽法皇→後白河法皇源頼朝氏族 卜部氏→文徳源氏父母 父:卜部兼仲、養父:源資遠テンプレートを表示 源 仲頼(みなもと の なかより)は、平安時代後期の貴族・歌人、鎌倉幕府の御家人。卜部兼仲の子。源資遠の養子。官位は従五位下・筑後守。 鳥羽法皇・後白河法皇の北面武士として活躍し、保元2年(1157年)に左衛門少尉となり、承安年間には検非違使となる。『尊卑分脈』の柱には平清盛の訴えで讃岐国に配流されたと記されている。記録上の裏付けは取れないものの、院近臣として反平家活動に加担していた可能性は否定できない。その後、源頼朝にも接近し、文治元年(1185年)の勝長寿院供養に参列して鎌倉幕府の御家人として認識されている。この頃、叙爵を受け(『玉葉』文治2年10月20日条)、建久年間に筑後守に任ぜられた。 『千載和歌集』に2首採録されるなど歌人としても知られた。 参考文献 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2015年6月) 中村文『後白河院時代歌人伝の研究』笠間書院、2005年、403 - 404頁。ISBN 4-305-70296-7。 高島哲彦「源仲頼2」(『平安時代史事典』(角川書店、1994年) ISBN 978-4-04-031700-7) Related Articles