澤村訥子 (8代目)
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東京浅草の魚商の子に生まれる。初代助高屋小傳次の門人となり、明治27年(1894年)1月に澤村大助を名乗って浅草座で初舞台。明治30年(1897年)1月には澤村傳次郎と改名した。こののち師の初代小傳次が死去すると、その父・七代目澤村訥子に師事。明治44年(1911年)帝国劇場が開場すると同時にその専属となり名題昇進。昭和2年(1927年)7月に師の七代目訥子の娘婿となり八代目澤村訥子を襲名した。その後は市川左團次一座、左團次死後は市村羽左衛門一座、そして戦時中には一時尾上菊五郎劇団に籍を置き、戦後は関西歌舞伎に移って活躍した。昭和30年代に入って関西歌舞伎が崩壊の一途をたどると出場所がなくなり、世間に忘れ去られたかのようにひっそりと鎌倉の自宅で死去した。75歳だった。
