尾張国熱田太神宮縁起
平安時代成立とされる熱田神宮の由来書
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概要
奥書によれば貞観16年(874年)に尾張清稲が熱田神宮に縁起書がないことを嘆き、古記録や古老の話に基づき由緒を纏めたという[1]。これを寛平2年(890年)に藤原村椙が筆削して記したのが当書という[1]。本書の題名について、本文冒頭で「尾張国熱田太神縁記」としている。
日本武尊が東征の際、尾張国愛智郡氷上邑で宮簀媛と出会い草薙剣を授けたとする伝説など『日本書紀』『古事記』や散逸した『尾張国風土記』からの引用と推定される記述が多分に含まれる。
この書については内容の検討から、西田長男らは実際の成立年代は平安時代中期から鎌倉時代初頭であると考察している[1]。その根拠として編者となった尾張清稲が伝説上の人物で実在性が不明であること、巻末に「延久元年(1069年)八月三日 大宮司従三位伊勢守尾張宿祢員信」と付記されていることなどが挙げれている[1]。一方、尾崎知光は内容の検討から寛平年間の成立として矛盾はないとしている[2]。