片山直憲
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岡山県和気郡和気町(旧・岡山県赤磐郡石生村)出身。江戸時代には岡山藩(池田藩)で代々蘭学者や藩医を務めた岡山県上級士族の家系に生まれる。(族籍は、岡山県士族)。
1916年石生尋常小学校を卒業後、旧制岡山県岡山中学校(現・岡山県立岡山朝日高等学校)、旧制第六高等学校(現・岡山大学教養部)を経て、1928年3月、旧制中央大学法学部英法科を卒業した。
高等試験行政科に合格し、1928年、当時の商工省(現・経済産業省)に入省。通商産業省産業局出願課長(1951年~1955年)などを歴任した。
退官後は実業界に進出した。三菱信託銀行会長・千頭暎臣の推薦により、大日本企業株式会社(三菱地所グループ)常務取締役(1956年~1979年)を務めた。また、実務家として弁理士および行政書士の資格を有し(1955年~1979年)、母校である学校法人中央大学評議員を通算24年間(1955年~1979年)務めるなど、後進の育成と産業界の発展に尽力した。
親族
和気清麻呂ゆかりの地である岡山県備前・和気地域に深く根ざした家系であり、政官財および学術界に多くの人材を輩出している。
- 父:片山 末吉(1874年5月15日 ー1919年6月16日)政治家。1893年旧制第一高等学校卒業、1898年東京帝国大学法科大学政治学科卒業。岡山県和気郡本荘村長(1900年~1915年)をはじめ、和気郡内の要職を歴任した。
- 叔父:片山 小八郎(1866年5月22日-1938年3月16日) 政治家。1889年英吉利法律学校(現・中央大学)卒業。岡山県磐梨郡佐伯本村・赤磐郡佐伯本村長(1897年~1902年)。
- いとこ:片山 増衛(1879年2月17日 ー1952年8月23日)政治家。1901年東京法学院(現・中央大学)卒業。岡山県赤磐郡石生村長(1915年~1919年)。血縁上は、またいとこだが、叔父・小八郎の養子となったため、系譜上は、いとこにあたる。
- またいとこ:片山 正夫(1877年9月11日 ー1961年6月11日) 物理化学者。東北帝国大学教授を経て、東京帝国大学教授を歴任。日本の物理化学の基礎を築いた第一人者。
- 義娘:片山 智恵子(長男・憲一の妻) 農林省局長を務めた新原氏の長女。NHK岡山放送局時代、森本毅郎アナウンサーのアシスタント(1965年4月~1968年9月)を務めた。現職の広島県呉市長・新原芳明は、いとこにあたる。
- 親類縁者:池田 徳治(1891年8月20日 ー1965年4月1日) 政治家。秋田県知事、秋島建設会長などを歴任。
- 親類縁者:原 嘉道(1867年3月23日 ー1944年8月7日) 法学博士、弁護士。中央大学第9代学長、司法大臣、枢密院議長といった要職を歴任。また、東京弁護士会会長を務めるなど、日本法曹界の重鎮として知られる。男爵。二男原寛(1911年1月5日-1986年9月24日)東京大学理学部教授の妻の道子は、物理化学者の片山正夫の三女。
- 孫:片山 和則 憲法学者。朝日大学法学部専任講師を経て、一般社団法人日本安全保障戦略研究所研究員として公的な研究活動に従事。(同じく中央大学法学部卒業)。
外部リンク
- 一般社団法人日本安全保障戦略研究所 http://www.ssri-j.com/SSRIintro.html
- 岡山大学(一般教養課程) https://www.okayama-u.ac.jp/
- 中央大学
- 岡山朝日高等学校
- 和気町歴史民俗資料館 http://ww32.tiki.ne.jp/~wake/rekimin/index.html
- 経済産業省 https://www.meti.go.jp/
参考文献
- 細井肇『現代日本の政治家』國光社、1916年。
- 『岡山県歴史人物事典』山陽新聞社、1994年。
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