牧勝彦 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 愛知県豊橋市生年月日 (1943-01-03) 1943年1月3日(82歳)身長体重 177 cm77 kg牧 勝彦基本情報国籍 日本出身地 愛知県豊橋市生年月日 (1943-01-03) 1943年1月3日(82歳)身長体重 177 cm77 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 投手プロ入り 1961年初出場 1961年最終出場 1968年経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 愛知県立豊橋工業高等学校 阪神タイガース (1961 - 1964) 東京オリオンズ (1965 - 1968) 東京ドラゴンズ (1969) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 牧 勝彦(まき かつひこ、1943年1月3日 - )は、愛知県豊橋市出身の元プロ野球選手(投手)。 豊橋工業高校では、エースとして1960年夏の甲子園県予選決勝に進むが、吉山智久(中日)、辻恭彦のバッテリーを擁する享栄商に敗れ甲子園出場を逸する。高校同期に右翼手、控え投手の鈴木宇成(広島カープ)がいた。 1961年に阪神タイガースに入団。同年は速球とスライダー、ドロップ、シュートを武器に、ルーキーながら23試合に登板し防御率2.00を記録、5月には初先発を果たした。1962年の東映フライヤーズとの日本シリーズでも2試合に登板。1963年には36試合に登板し8勝、防御率2.33を記録。しかし翌1964年は成績が落ち、オフに谷本稔とのトレードで東京オリオンズに移籍。 移籍1年目の1965年は、小山正明、坂井勝二に次ぐ先発陣の一角として起用され9勝13敗、同年は自己最多の42試合に登板した。翌年も4勝をあげるが、その後は登板機会が漸減し1968年オフに退団。 1969年には、中南米で新たに発足したグローバルリーグの東京ドラゴンズに、森徹、矢ノ浦国満らと参加するが、リーグの財政破綻により帰国を余儀なくされた。 詳細情報 年度別投手成績 年度球団登板先発完投完封無四球勝利敗戦セ丨ブホ丨ルド勝率打者投球回被安打被本塁打与四球敬遠与死球奪三振暴投ボ丨ク失点自責点防御率WHIP 1961 阪神 23910022----.50024762.14342200431017142.001.04 1962 30800047----.36428469.15992110643029283.601.15 1963 361130086----.571476119.110253131642131312.331.11 1964 13100001----.0009020.117210101800873.151.33 1965 東京 4225410913----.409691166.2147245411920174613.291.21 1966 28600043----.57131773.27692521450030253.041.37 1967 11100001----.0006515.1193200901995.401.37 1968 2100000--------91.0510000004327.005.00 通算:8年 185628102733----.4502179528.04685716583335632021783.031.20 各年度の太字はリーグ最高 背番号 34(1961年 - 1963年) 47(1964年) 19(1965年 - 1968年) 関連項目 愛知県出身の人物一覧 阪神タイガースの選手一覧 千葉ロッテマリーンズの選手一覧 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles