猪子清 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代後期(幕末) - 明治時代生誕 天保4年(1833年)死没 明治27年(1894年)4月8日改名 謙三郎・左家太・一新・一清・清 凡例猪子清時代 江戸時代後期(幕末) - 明治時代生誕 天保4年(1833年)死没 明治27年(1894年)4月8日改名 謙三郎・左家太・一新・一清・清主君 京極高厚藩 但馬国豊岡藩家老氏族 猪子氏父母 父:猪子正方子 猪子止戈之助、猪子吉人テンプレートを表示 猪子 清(いのこ きよし)は、但馬豊岡藩の家老。 豊岡藩主である京極高厚に仕えた家老である。安政年間に用人となり、後に藩校稽古堂の学長を兼任する。幕末の豊岡藩は佐幕派と尊王派が対立したが、清は藩論を尊王でまとめた。慶応4年(1868年)4月に家老・御側年寄役として豊岡藩政を主導し、明治2年(1869年)11月に豊岡藩大参事になる。藩の人材育成のため、藩費による留学制度を創設するなどした。 明治27年(1894年)4月8日に死去。享年62。 家族 清の長男は京都帝国大学医学部創設に貢献した猪子止戈之助、長女はふて(ふで)で、沖野忠雄の妻。次男が医学博士の猪子吉人である。 参考文献 人事興信録4巻 Related Articles