田上一秀 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 宮崎県北諸県郡三股町生年月日 (1947-07-23) 1947年7月23日(77歳)身長体重 185 cm75 kg田上 一秀基本情報国籍 日本出身地 宮崎県北諸県郡三股町生年月日 (1947-07-23) 1947年7月23日(77歳)身長体重 185 cm75 kg選手情報投球・打席 左投左打ポジション 投手プロ入り 1965年 ドラフト外経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 宮崎県立都城農業高等学校 南海ホークス (1966 - 1967) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 田上 一秀(たのうえ かずひで、1947年7月23日 - )は、宮崎県出身の元プロ野球選手(投手)。 都城農業高時代は、1965年のプロ野球ドラフト会議で西鉄ライオンズから10位指名を受けた坂元健投手の控えであった。打撃が良いので、一塁手で三番も務めた。 1965年夏の甲子園大会予選一回戦、対妻高戦(延長18回引き分けと再試合の2試合)で10打数7安打を記録し有名になった。 読売ジャイアンツや近鉄バファローズなどもマークしていたが、社会人野球の電電関東入りが内定していたので12球団とも選択リストには入れなかった。だが、1965年のドラフト外で南海ホークスに入団。 上手からの本格派。金田を思わせる身長だったが、コントロールが悪く、一軍公式戦に出場することはなく、退団した。 詳細情報 年度別投手成績 一軍公式戦出場なし 背番号 48 (1966年 - 1967年) 関連項目 宮崎県出身の人物一覧 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles