田中光四郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 田中 光四郎(たなか こうしろう、1940年 - )は、日本の武術家。 1940年福岡県田川市に生まれる。4歳より柔道、12歳より空手を始める。神奈川大学法経学部卒。1985年2月からカラシニコフAK-47、RPG-7ロケット砲を手にアフガニスタンにおいて旧ソ連軍、親ソ政府軍と戦う。世界の多くのジャーナリスト[誰?]が"アフガンのサムライ"と報道。日本人ランボーと呼ばれる。現在、日本自由アフガニスタン協会専務理事、国際難民救済委員会事務局長。 1991年不二流体術第二代宗家を継承し、2007年まで宗師をつとめる。2008年、独自の流派「日子流」を立ちあげる。 関連項目 武術 小太刀 参考文献 『照準のなかのソ連兵 日本人ゲリラ、アフガンに死す』 ISBN 4915536041 『不二流体術』 ISBN 4915906388 『アフガンの侍―日本人ゲリラ、アフガニスタンに死す』 ISBN 489224774X 『ケタ外れ―武侠一代』 ISBN 4903260135 『一生懸命』 『私の歩道 五・一五反乱将校の鎮魂譜』 外部リンク 日子流宗家 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFFASTWorldCat国立図書館アメリカ Related Articles