アメリカで事業再生や破産法などを学び、また日本債券信用銀行ニューヨーク、ロンドン支店で事業再生などを手がけた。1997年に日本帰国後は、欧米での経験を元に事業再生を手がける。
帰国当時の日本における事業再生といえば、バランスシートの傷んだ企業に対して債権放棄を行うことであったという。田作は
- 「それは事業再生ではない。倒産したあと、企業の業績を復活させることこそが本当の事業再生である」
と異議を唱え、しばしば銀行や裁判所、弁護士と意見が対立したという。
産業再生機構取締役や整理回収機構企業再生検討委員会委員などを務めた。