田尻城 From Wikipedia, the free encyclopedia 別名 田尻飛塚城城郭構造 山城築城年 明応年間以前主な城主 田尻氏、立花織部logo田尻城(福岡県)別名 田尻飛塚城城郭構造 山城築城年 明応年間以前主な城主 田尻氏、立花織部廃城年 慶長6年(1601年)遺構 堀、土塁指定文化財 未指定位置 北緯33度06分40.7秒 東経130度29分12.1秒 / 北緯33.111306度 東経130.486694度 / 33.111306; 130.486694地図 田尻城 テンプレートを表示 田尻城(たじりじょう)は、福岡県みやま市にあった日本の城(山城)。 飯江川が形成した平野の南側丘陵の先端に位置する。本丸の他、二の丸や三の丸といった曲輪が設けられ、西側は急崖となっていた。 明応8年(1499年)に田尻氏は大友政親から山門郡と三池郡に300町を宛行われており、この時期までに当城は存在していたと考えられている。天文17年(1548年)に田尻親種が鷹尾城を築いて移ると、一族の田尻左京が城代となった。天正15年(1587年)の九州国分で当城は立花宗茂に領有され、立花織部が城代となっている。慶長6年(1601年)に田中吉政が筑後に転封されると廃城となった。 参考文献 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(40.福岡県)』、角川書店、1988年 日本歴史地名大系 (オンライン版) 関連項目 日本の城一覧 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 現存しない福岡県の建築物 Related Articles